非核・平和活動
毎年7月に開催される「平和のための戦争展in大分」では
劣化ウラン弾の人体への影響や731部隊での残虐行為について医師・歯科医師の立場から
平和運動を訴えるパネル展示や講演を行っています
大分合同新聞記者から「医師の戦争責任」について取材を受ける賀来副会長
地域の教育機関でも平和の尊さを医学的見地から講演する活動
過去の過ちの現実を多くの人々に・・・・
賀来 進
ハルビンへ731部隊の実態に迫る
私の父は、歯科医師として満州鉄道病院に勤務していまいた。私は日本で生まれましたが、上の2人の兄は満州で生まれ、戦後命からがら福岡に帰れたことを母から聞いています。満州時代のことは、父母ともに他界し何も聞くことはできませんが、「黒死病が流行り村が焼かれているのを見たことがある。日本軍の仕業だ。軍人は威張っていた」とポツリと言った父の言葉を思い出します。
医療に携わる者として731部隊の真実を直視するため、この2月に昨年に続き再びハルビンへの旅行に参加いたしました。現在のハルビン中心部は高層ビルもあり町並みも整備され、かつての暗い影は見受けられません。その中心部より20数キロ南下した平房に731部隊跡地があります。入り口には日本侵略軍731部隊跡地とあり、かつて「人間を喰う魔窟」と呼ばれていました。
致死的な人体実験という殺戮の歴史を物語るボイラー棟、冷凍実験室、そして罪状陳列館等々。私は無言でシャッターを切りながら、戦慄を禁じ得なかった。拷問の末、善良な市民を特移扱いとしてでっち上げ、マルタとして実験の道具とし、殺戮した数3000余人。本来病人を救う使命を持つ医師が、なぜこのような犯罪に加わったのか。今もって為されていない自国の責任追及は、償いは。
様々な思いが渦巻く中。今後も一人でも多くの方に過去の現実を知らせる必要があると改めて認識した旅となりました。
「煉獄門」に書かれていた言葉
これは731部隊が設立した人生の「不帰の道」の門である。当時たくさんの被実験者は此処を経由して生命の終点に行った。そして生還者が一人もいない。この間の中で、飽く事を知らない野心と喪失した人間性と無常な殺戮が充満したことがある。ただ、「人間」として自分の罪を反省する事だけ発見できない。「煉獄門」の前に立って、誰かが述べているような感じがする、誰かが悲惨な歴史を。
第27回 日本医学会総会出展
「戦争と医学」展
3月末から4月8日まで大阪で開催された日本医学会総会において、「戦争と医学」展の展示が行われました。
戦争時に行った医学会・医学者が犯した残虐な人体実験等のパネルが展示され、子どもたちからお年寄りまで多様な年齢層が展示パネルに見入っていました。パネル構成は、@戦争中の医学者・医師が行った加害の事実A日本の植民地医学・医療B戦争政策・戦争動員と戦争自体の医学への影響C日本医学界の戦後と「731部隊」問題、として展示されており、1951年に日本医師会が世界医師会にあたって、戦時のこの問題へ唯一正式に声明を出す以外には、謝罪や反省の念を示していない医学会の姿勢を批判が込められた展示でした。
展示会場では731部隊の映画上映も行われ、残酷なシーンでは会場から何とも言い難い声があがっていました。
国際シンポジウム
展示最終日の4月8日には、「戦争と医の倫理」と題されたシンポジウムがあり、三人の方による講演が行われました。
@731部隊罪証陳列館の王館長
中国人の立場から731部隊の歴史と隊が行った特別移送・生体実験・細菌実験について言及し、中国には自分自身の身体を使って実験し医学の発展に尽力した偉大な先人達がいたことに触れ、人体実験そのものには反対ではなく1.医学、全人類の幸福のため、2.本人の同意が必要、3.倫理道徳を守らなければならない。という3点の基礎の上にのみ成り立つものと結論付けました。
Aハーバード大学のダニエル・ウィクラー教授
アメリカ人の立場から731部隊について触れ、第三者的な視点で731部隊についての認識を披露しました。731部隊の事について多くの事が語られず明らかにされていない現状に、「隠されるとより多くの重荷を次の世代が背負うことになる」と言及しました。
B城北病院(金沢市) 莇 昭三名誉院長
日本の医師の立場から、戦時の医学会において非人道的な「特殊研究」を知りながらそれを否定する医学者が一人も存在しなかったことを取り上げ、また戦後以来の隠匿し続けている体質を批判しました。
5月5日 殉空の碑 追悼法要
731部隊のような生体実験を国内で行ったのが、かの有名な九大での生体解剖である。この犠牲者となったアメリカ兵が捕らえられた地の一つである竹田市の郊外山中に殉空の碑が建てられている
この碑は、33回忌に山の持ち主である工藤文夫さんが有志を募って建立したものである。
戦後60年間この工藤家が個人的に法要を主催してきた。しかし今年から工藤家が主催しないことになり、これからの法要の行方が心配された。そのためこの地から始まった出来事に共鳴している人たちが実行委員会を立ち上げ、今年も法要が行われた。大分県保険医協会からは賀来副会長がこの法要に参列し「保団連・保険医協会で731部隊等の研究を行っています。日本医学会ではいまだこの関与を認めてはいません。今後このB29の墜落から九大での生体解剖の出来事を保団連を通じて広く国民に発信していこうと思います」と挨拶した。
殉空の碑へのご案内
大分県竹田市の国道57号線会々七里交差点を県道47号線(竹田自動車学校方面)に向かいます、
すると右手に竹田明治郵便局があり、その少し手前に「折立」という小さな青い標識があり左に曲がります、明治小学校の前を通りすぎると明治小学校を案内する手作りの黄色い看板があり、そこを右側に登る道があります。登ってすぐに殉空の碑の看板があり、そこからは徒歩でお向かいください。
2008年開催予定は・・・7月5日(土)10:00〜17:00
7月6日(日)10:00〜16:30
大分市文化会館 3階第1小ホール・第2小ホール